2012年5月9日水曜日

ジャコメッティと飛行機

飛行機でいつも移動するんだけど、最初飛行機乗るときって、窓側をとっていたのね。でもあるときから、なんか便利だから通路側でもいいかーしょっちゅう乗ってるし、今更窓側窓側って歳でもないよねーって。でも、違ったの。飛行機ってとっても非日常なのよ。これはもう自然界を空から堪能するしかない。

そうして、また飛行機乗るときは窓側をつとるようになったの。離陸してから、シュイーンって空を飛ぶでしょ?すると、今まで見ていた世界がありえないぐらいちびっちゃくなっちゃうの。最近はやっている、ジオラマ風写真みたいに。肉眼でそれが見えちゃう。でもそれ、実際に自分の目に普通に映っている。

当たり前のようだけどね、本当に不思議なんだよ。車がありんこのようだし、うじゃうじゃいるし。日本は山がほとんどで、人間が住んでるところなんてほんの一握りってのも、実際見てみて山ばっかじゃんって思うからそんなんでしょう。実感することができる。

ジャコメッティの話で、すげーって印象にのこっていることがある。ジャコメッティってあの、針金人間みたいな彫刻作品つくっている人ね。そのジャコメッティ。存在を見つめて、いつもそれが本当にそこにあるべきなのかって問うような生活をしていたらしいの。だから、帰ってきて脱いだコートの置き場所

その、脱いだコートの置き場所を、一回置いては、いやここじゃないここじゃないっと、やり直す。きりがない作業を繰り返す。そんな風に色々なあり方を常に問うていたんだろうと思う。

そんなジャコメッティが、感覚を研ぎ澄ましすぎて、あるとき感覚に異変が起きた。そう、自分の見えているものを、脳で処理することなく、感じたままに受け入れることが出来るようになったの。それは衝撃てきな変化だったろうと思う。常識ってのを無意識に計算して日常を見ている私達。

テレビを、見ているときに、実際には人間の大きさなんだけど、普通にテレビに映っている人は、そのテレビの大きさになっているわけじゃん。それって、脳で実際の大きさに処理されているわけ。誰も今は、ちっちゃいおじさんんがテレビに入っているとは思わない。

でもでも、テレビを始めてみた人が、「どうなってんだーここに人が入っているのか?」と全く信じられない事体に驚くってのよくやってるよね、昔のドラマとかで。あれは、実際に感じたままの感覚で処理しているから、見えたまま、その大きさの人間に見えるわけで、本当は自然のこと。

で、人間の脳はすばらしいから、一回理解しちゃうと、実際の大きさに頭で処理してテレビの中の人間を見ちゃうから、もうなんら不思議じゃなくなるんだ。そこって、それが当たり前だから気にしたことなかったんだけどさ、ジャコメッティはこの反対の出来事をしたんだって。

今まで普通に見ていたテレビの中の人間は、あるとき、見えるままにしか見えなくなった。つまり、ちっちゃい人間に、そのあるがままの姿にしかみえなくなったんだって。そんなことってあるの?だから、例えば遠くに見えてる人間も、ちっちゃいあのままの存在の人間がそこにいるってこと。

だから、棒人間みたいな人間の像も、ちっちゃい人間の像も、ジャコメッティにとっては、見えるものをただ、そのものを見て、そのものをかたちどった。すごいことなんだけど、その感覚には、普通はなれないなーって思う。でも、その感覚面白いし、どういうことなんだろうって考えちゃうんです。

それで、飛行機に乗ったときに下をみると、そこに家の大きさ、車の大きさ、ってのは頭ではちゃんと分かってるから、すごく遠く高く飛んでるんだなあという、距離感を理解することができるんだけど、その目の前にあるものが、おもちゃの家やおもちゃの車にしか見えないの!

そんな時、ああジャコメッティの言ってたこと、感じていた感覚ってこのことなのかなーと思ったりする。違うかもだけど。でも、ほんと豆粒みたいなおもちゃみたいな、町や道や車たちが、ほんと面白いんだ。見て楽しむことってそれだけで楽しい。心と感覚で見るって大事。

で、昨日は雲の波が、膜のように下一面にあって、その雲がひらひらと飛んでいる羽衣のようだった。着陸に向かって飛行機が高度を落とすと、その雲の波は私の上に流れていて、本当に海の中にもぐったときのような感覚に陥ったんだ。海も空も一緒なんだなー。地球はつながってんだなー。っていう不思議。

素晴らしかった。空の上。超非日常の空間。飛行機乗るときは、是非窓側をお勧めします。


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