東京に行った時のことです。急に雨が降ってきて、出先だったこともあり、傘の持ち合わせがありませんでした。小雨だったこともあり、ちょっとならいいかと思い、走って帰りました。久々に雨に濡れてしまったなぁと、私の中ではそんなぐらいの出来事でした。そのことを関東に住んでいる人に何気なく、雨に濡れちゃった、と話したときのお話です。
その人に私は突然怒られてしまいました。「雨に濡れるなんて、意識が低すぎる!ましてや、あなたは、女の子なんだから!!」と。最初、何の事だか、正直なところ、わかりませんでした。私の住んでいるのは、熊本。熊本では、その時PM2.5の話題で持ちきり。日本一濃度が高かったとかで、そっちにばかり気がいってしまっていました。そう、その人の言っているのは、放射能のことでした。まだ、関東は、線量が高いんだから、と。私は、熊本に住んでるので、普段放射能を気にする必要がありません。放射能に関しては、日本一線量が低いというデータが出回ったぐらいでした。なので、普段雨に濡れたら、とか考える必要がなかったのです。「熊本に住んでると普段意識する必要がなかったから・・・」私は言いました。すると、さらに怒られる結果を招いてしまったのです。
その人の言い分はこうでした。「福島の問題は、決して忘れてはいけない話なんだ。確かに熊本では、普段意識しなくてもいいかもしれない。だからと言って、関係ない場所だからといって、忘れてしまってはいけない。みんなが、そうやって、忘れてしまうから、その問題は、普段近くにある福島の、当事者だけの問題になってしまう。そうやって、関係ないひとが、自分たちの問題として、きちんと意識しないから、福島の問題は、福島の人だけの問題になってしまって、一番苦しい人たちが、ずっと苦しいままになってしまう。だから、絶対にみんなが自分の問題として、持っていなければならないんだ。」私は、すごく納得しました。同時に、意識が足りなかったと反省しました。
震災のことで、地域での誤差というものに関して、私はすごくあるなと感じています。私が住んでいる熊本、九州は、震災の影響を、多分ほとんど受けていません。私は、二年前の8月に、気仙沼にボランティアに少し出向いたことがありましたが、参加したのはたったの2日間。現地に行くと、震災から5ヶ月も経っているのに、まだまだ続くという膨大な復旧作業が予想され、また、自分の、人一人のできることの少なさ、そういったものまざまざと感じさせられ、すごく申し訳ないという気持ちにさせられたのでした。そして、自分としては何もできなかったなーという感情でいっぱいのなか、地元熊本に帰ると、なぜか皆に称賛されるのです。すごい。なかなか現地までいくなんてできない。大したもんだ。などと。私の感じていることと、周りの反応が真逆で、一体全体どういうことなんだと、状況を飲み込めずに、はじめはすこし苛立ちすら覚えました。
熊本には震災後に移住してきた人たちが結構います。そういう人たちは、小さい子どもがいたりで、食べ物にかなり気を使っていました。私は、手作りのクッキーやケーキを作って、手土産にして人に振る舞うのが趣味みたいなところがあって、いつものように手作りのクッキーを作ってもっていったのですが、その人たちから一体どこメーカーの、どの産地の、という追及をされ、私のように完全に意識していない人からの得体のしれない食べ物は、被ばくする可能性があるので、食べれらないといった反応をされました。手作りすることが一時期怖かったぐらいです。かといって、関東の友人があまり気にしていなかったりするのにも、逆に驚いたりと、とにかくめちゃくちゃなのです。
地域や立場や環境やらで、考えや対応など様々なのは当たり前。わかってはいるんですが、それをガツンと目の当りにさせてもらったって気がします。この震災で。こんなにも違うんだということを、私は身を以て感じましたが、実際はそうではない。きっと、自分の周りの一方向しか触れる機会がなく、意識することが少ないのだと思います。しかし、ここまでも違う立場や考えが同時にいつもあるということを、常に意識しておくことが、すごく大切なことだと私は思います。
一人ではなく、みんなで生きているという意識。これだけで、世界がぐわっと広がって、たとえどこにいても、全部が一つで繋がって、どれもちがってどれもおんなじで。まるくなるんだと思います。