2012年6月27日水曜日

未来へ号

遠藤一郎さんと出逢った。

未来へ号に夢を乗せて走っている人。

今は、レインボージャパンという、GPSを使って、車で走った軌跡でメッセージをかくというプロジェクトをやっている。キャンバスは日本全土。


アーティストの作品の作り方はいろいろ。



アーティストの役目は、目に見えないものを、見える形に表現すること。


遠藤さんの、アートの在り方。


分かりやすく、シンプル。

2012年6月19日火曜日

アリについて

私は美術館を建てると言っています。で、美術館のコンセプトというものがあります。因みに、美術館の名前はこちら「アリ美術館」

この美術館は、在り方を問う美術館。普通の美術館よりちょっと小さい美術館。でもでも、なんでもアリな美術館。美術館は、この●まるが目印。つまり、このマークがあれば、どこでもアリ美術館に早変わり。

アリ美術館は、今までの既成概念とか、常識とか、当たり前とか、そういった事たちを、もう一度「本当にそうなの?」と問う場。そして、自分の立ち居地を、じっくりと「気づき、考え、わかる」までのプロセスを通過する場。そんな場を目指しています。

これが、大体のコンセプト&説明なんですが、これを見せたある人に、「何でもアリというのは良くない。」という指摘を受けました。「ナイという視点も無くてはいけないし、何でもアリではなく一定のラインをもうけないと」という指摘...。なるほど、勉強になる。その言葉すごく有難い。

アリ美術館のアリは、結局のところ自分の中では、「在り方を問う」というテーマから来ている言葉なので、何でもありでは無いのである。しかし、言葉遊びが好きだし、言葉を拡げる楽しみというものもすごくあるので、ついつい何でもアリと書いてしまっている。

しかし、その何でもアリという表記にも、自分なりの理由がある。それは、「美術」や「アート」という言葉から、「絵画」「絵」という言葉しか連想できない人たちがいることを多分に知っているからである。

これは、嘆きや卑下して言っているのではなく、自分も過去にそうだったという経験も大いに関係している。そして、更に地方というフィールドから抜け出し関東、都会、文化の集中している都市に数年暮らすことにより、地方と都市部との文化面での格差を感じたことも関係している。

更に、もっと言えば、前職で養護学校という特殊な場での環境を知ったことも大きい。絶対的に出逢っている人間の相対数が少なく、悪い意味で言うわけではないのだが、世界が狭い環境で生きている人たちがいること。しかし、感性や興味関心、意識はなんら変わりがないことも知っている。

そんな中で、「美術=絵画」とは限らないということを知ってほしい、そいう視点で「何でもアリ」と表記しているんだ、と。知らないことはもったいない。もっと、いろんな視点を知ってほしい。そう私は思う。しかし、知ろうとしないのは、知らないということに気づいていないことが原因だと感じている。

だからこそ、「在り方を問う=知らない世界に触れる=価値観の拡張」ということで、自分自身、沢山の人に出会い、考えに触れ、自分の立ち居地を日々確認している。アリということを、もっと深く掘り下げたいと感じたし、今ココの自分を確認できたという面でも、人の言葉は有難いと感じた。そんな出来事
でした。

やっぱ、何でもアリって、やっぱそういう風に捕らえられちゃうのかなー?うーむ。。
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2012年6月8日金曜日

古ペンキ剥ぎ…辛いので、反対側のペンキ塗りに入った。

やってみないと分かんないというのをいいことに、完成図がクリアーになってない、見切り発車な私。

とりあえず作業は、一人だとやっぱり心細くもある。